スピリチュアル

この言葉、最近の流行語なんでしょうね。
本屋に行くと、氾濫しているように思います。
ただ、ちょっと、自分の中では違和感があるので、こういうものに触れてみたいという気持ちは沸かないのですが。
というのも、ウチの母方の家系はそういう神事に関係の深い家柄でして、それなりに「霊」的なものに対しての対応って言うのが小さい頃から当たり前のように生活の中に存在していたのです。
簡単にいうと、持ち込まれる心霊写真をたくさん見て育ったような子でして・・・。
そして、小さいときは、自分にも何らかの力みたいなものが、あったそうです。
今は何の片鱗もないですけどね、、、

あっ!違う!!あるわ!!
私、「入れない部屋」っていうのがあるんです。
直感的に、気持ちが拒絶する空間。引越しを何度もした経験がありますが、家探しのとき、たくさんマンションの下見をすると、たまにそういう部屋に当たります。
過去、何があったかはわかりませんが、大概、部屋の片隅にお札が貼られてあったりしますねぇ。

でも、そんな私が割りとすんなり読む、、、いや、むしろ、そういう関係に関しては、この人の本くらいしか読まないかもしれないな?っていうのが、「吉本ばなな」なんですよね。
高校時代にキッチンを読んで以降、新刊であれ、文庫本であれ、何らかの形で出版された本は全部読んでいます。
たまに、買い忘れていたものがあって、「あれ?こんなの出てたんだ・・・」っていうのもありますけど。

今日、本屋に行って、そんな1冊を見つけました「ハードボイルド/ハードラック
電車の中と、家に帰ってから一気に読んでしまいました。
スピリチュアルな事が題材になりつつも、その現象が主題なのではないところが好きです。
日常の中に潜む違和感とか、妙に引っかかる出来事とか、ちょっとした気持ちの機微なのでしょうが、それを丁寧に説明する彼女の文章を読むと、自分の気持ちの中を整理する言葉が見つかるときがあります。
いつもいつもドラマチックな毎日ではない。だけど、心の中はいつも凪でいるわけではなく、小さな波が絶え間なく立っているのです。それに名前をつける事はできないけれど、そういう心の動きをちゃんと自分が察知できていることが、たいせつなんじゃないかな?
わかんないけど、そういう事を怠ると、自分が薄っぺらな人間になりそうな気がするんです。

そして、「しをんのしおり」も買いました。単純にこの人の書く文章の読み心地が好きです。自分の感覚とちょっと近いものがあるような気がする。私はそんなに洞察が深くはないけど。
途中まで読みましたが、続きを読むのが楽しみです。明日の電車の中だな。

最後、「解剖学教室へようこそ」。
養老孟司の本は何冊か読んでいますが、解剖の話をするときのイキイキっぷりがステキです。
人体の不思議展(触れる死体を展示して有名だったやつ)にも行きましたが、人間の体って、不思議だと思います。
心のどこかで例えば、、、「見た目>健康」っていうのがあって、痩せるためならご飯を食べないみたいな、極端な事を割りとやってしまえるのですよ。
この前、熱を押しても福岡に行ったのなんか、まさにそれで、自分の体を気遣うくらいなら、自分の気持ちを気遣う方が私にとっては重要なのです。
そういう人って、どこか体とか、人体を客観的に見ているところがあるのかもしれません。
だから、こういう話が好きなのかなぁ〜??

今日はせっかく本を買って帰ってきたので、本を読んでから寝るとします。