ソコカラナニガミエル?

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今日のゲームニッキ、「師匠の家に行った」の内容を読んで
「師匠の家」⇒「曲作り」⇒「ソロライブ?」
と、連想ゲームをしたのは、私だけじゃないはず。

あるの?本当にあるの???

さて、今日は見に行ってきましたよ、「鉄コン筋クリート」。
私の感想などは後にずらずらと書くとして、せっかくティーチインのある試写会に行ってきたので、その様子を・・・。
本日のゲストはマイケル・アリアス監督。司会進行は木村の子分1の声優でもある、FM802のDJ・中島ヒロトさん。
監督、えらく小さい方です。
終了後、退場するときトイレの前で監督とすれ違ったのですが、私くらいの身長だったよ(160ちょっとくらいかと思う)。

監督がこの作品と出会ったのは、ちょうどコミックが単行本になった13年くらい前。居候していた友人(はっちゃん)が漫画や小説に造詣が深かったようで、暇だった監督が「オススメない?」と聞いたら、「これ、めっちゃ泣けるで〜」と、大阪の人だから関西弁で言って貸してくれたと。はっちゃんはまだ読んでいないのに、「連載してるのを読んでるから」と自分に先に読ませてくれたんだって。
で、読んだら本当に泣けて、単行本で完結するまで出ていない時点から、映画化したい気持ちが浮かび上がっていたそうだ。
そのときから、クロとシロは町を飛んでいて、2人の様子が次々と情景が浮かんできた、と。

そして、映画化の思いを持ってから13年、アニメ制作開始から3年。やっと完成したんだけど、もう、ものすごく寂しいらしい。声優さんや他のスタッフが違う仕事に移っていったのに、自分は最後までこの仕事と共にあるわけで、どんどん皆が離れていくのがツライとか。
制作現場でも、ちょっと離れると、途端に荷物がダンボールに詰められて端っこに追いやられてるんだってさ。
「まだ公開してないのに、もう、そんな気持ちですか?」と、中島さんにつっこまれてました。
どうやら「鉄コンに関わりたい。一緒に仕事をしたい。監督が外人でも宇宙人でもいいからやりたい!」という、鉄コンに対してアツイ思いを持ったスタッフ、声優たちが集まっていた現場だっただけに、思い入れがひとしおだったようです。
ほぼ毎日机に向かい、机の横で寝袋にくるまって寝て、月20回も会社の向かいのカレー屋で食事し、、、などなど、かなり大変だったとか。

完成したものを見た監督の感想は「うわー、サイアク!」だそうです。
これは、「自分の子供が可愛いからといって、他人の前でなかなか誉めないでしょ」と言うことらしく。
町の描写は監督の好みだとか。日本人から見るとノスタルジーに感じる街並みで、日本の昭和30年代や40年代っぽいけど、香港の雑踏や、インドネシア、スリランカなど、監督の好きなもの、ロケハンしたものが入り混じって、できたとか。
また、好きなシーンは、
(ネタバレになりかねないので、反転して読んでね)
闇のシーン。原作と随分趣を変えてしまったけれど、あのシーンは好き。
クロとシロの2人のシーンでいえば、「コンクリートのニオイ」の話のとき。
ここを境に2人は分岐し始めてしまうんだけど、そのクロとシロ2人の関係性みたいなものを声優の2人がうまく表現してくれて、納得いってるそうです。

「オレの町だ」という台詞を喋る人間は高い位置に立ち、見下ろしながらそういう風に言っているが、それは何も【権力の上下関係】とかではなく、制作の木村さんが俯瞰図を描くのが好きだから、そうなったんだけど、監督自身もそういうのが好みらしい。
視点が上下したり、ぶれたり、ぼやかしたり、光の差し方といった自然現象をできるだけ取り入れて、「朝夜兄弟」のように、見た人が実際に宝町に訪れた気分が出るようにしたんだとか。ハンディーカムで撮ったような視点、動きをできるだけやってみて、町の中を動き回る様子にはこだわったということです。

今回は特定の声優さんなどについて言及した内容はありませんでした。
まだまだ話していたけれど、とりあえずこれくらいで。


そして、ここからは私の感想。
まずは、ネタバレ無しから。

それも読みたくない人は、この時点で回れ右!!

とにかく、あっという間の2時間でした。(正確には1時間51分)
モンのすごく疲れました。それくらい映画の世界に引き込まれ、見ている間、ずっと肩にも手にも力が入っていました。
そして、開始早々から涙は止まらず、だーれも泣いてないのに、一人ダダ泣きしてしまいました。
(途中からは隣でjさんもかなり泣いていたのですが。)

原作を読んでいるため、自分の中にそれぞれのキャラクターの声みたいなものが出来上がっていたのですが、登場して最初に放った一言で、その声優さんの声でのキャラクターが「生」を受けていました。
ニノのクロはもちろん、優ちゃんのシロも、伊勢谷くんの木村も、田中さんのネズミも、クドカンの沢田も、そのキャラクターが喋りだした瞬間にそのキャラにリアリティーが生まれるというか・・・
アニメって声を作りすぎた声優さんがやると、「アニメの世界にようこそ!」と言わんがばかりなんですが、なんというか、もっと、現実味があるんです。
感情から湧き出る声がデフォルトされていないので、作り物っぽくないのです。
それが象徴的だったのが、クロが放つ冒頭の一言だと思います。
聞いた瞬間、背筋が凍りました。
血と暴力を好む、クレイジーなクロが「生き出した」。そんな感じです。
不気味なまでの存在感に圧倒され、気が付くと涙が出てました。

とりあえず、手元にチケットが2枚あるので、後2回は見にいけます。
さらに、「どんだけ応募しとんねん!!」って言うくらい、アチコチの試写会に申し込んだので、当たれば当たっただけ見るつもりです。
それくらい見倒したい。
原作の持つ抽象的な「困惑さ」っていうのも、発想の余地が広くって好きなのですが、映画が導き出した「鉄コン」の世界っていうのに浸ってみたいと思います。


以下、ネタバレです。


 

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「来いシロ。お遊戯の時間だ」
この一言で、クロが動き出しました。その瞬間、凍りつくようなクロの声に寒気が走りました。
ニノの声は甲高いとはいえ、10歳の子供の声には聞えない。
なのに、まさにクロになっていたのです。
冷静でクレイジーで暴力で生き抜くクロ。
そんな「子供ではいられなかった」クロの持つ世界観がニノの声で完成されたと言ってもいいくらい、最初の一言でやられました。
だから、最初の一言で泣けてしまいました。
私にとっては、最初からグッとくる映画だったのです。

そして、もう一つ。
原作と映画と大きく違っていたのがストーリーがシンプルに、より具体的になっていた点です。
クロがイタチの「闇」に飲み込まれそうになるとき話で、「光・シロ・希望・仲間」を鳩に、「闇・イタチ・絶望・孤独」をカラスで描き、その二つの鳥の状態でクロの精神的なゆらぎが理解できるようになっていました。
この具体的な表現は、エンディングでさらに顕著に表現されていて、ここは、原作よりも映画版の方が私はすっきり終わっているのでいいなと思っています。
海底でキラキラ光るコルク抜きをクロが拾い、シロが自分の作品の真ん中に指して「とても平和です!」と交信し、「ココカラ ミンナガ ミエルヨ。」で終わります。
ティーチインで「オレの町だと権力を誇示する位置にいる人がいつも高みにいるのは、意図していたことなんですか?」という質問があり、監督は「意図したわけではないんだけど、、、」とは話していましたが、多分、潜在的に「優劣」をキャラクターが立つ位置の高さで示したような感じがします。
だから、「オレの町」と豪語するネコの2人は空を飛ぶし、殺し屋も飛ぶ。
ネズミや木村をはじめ、虫けらのように殺されるヤクザは飛べないし、隣町を仕切っていた朝夜兄弟は僅かではあるが、飛べていた。
空は、支配する力の象徴だと思うのです。
飛べれば飛べるほど、戦場で生き抜く力がある。

空が戦う力を誇示する「場」であったからこそ、戦いに明け暮れていた2人が見つけた平和な世界は、コルク抜きとなって、空とは対極の深い海の底でキラキラと輝いていたんだと思うのです。
それをクロが見つけて、拾い上げる。
シロが自分の作品にそれを挿して、完成させる。
ものすごく、納得しました。
原作を読んだときに感じた「こみ上げるような感情」が「感動」というはっきりした形になって、感じ取ることができるようになりました。

あと、これは書いておかなきゃ。
クロがシロを失い錯綜するときは、ナオヤを彷彿とさせ、堪えられないくらいの悲しみに包まれました。
愛しすぎたゆえに愛を失うことを認められずに、自分を壊していく。
そんな世界を表現するときの、ニノの声のなんとはかないことか。
あまりに辛くって、しんどくって、痛くって、大変でした。

ぶっちゃけると、最初に涙がこぼれたのが失敗でした。そこからぐわーっと泣きモードに入ってしまい、終わるまで常に、涙が目にたまっている状態でした。
終わったら目の周りが涙の塩分でヒリヒリしてました。
でも、それくらい何の違和感も無く映画に浸れた。
それって、すごいことだと思います。
とにかく、見てください。